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 尾上菊五郎【東京雑学研究会編】


§尾上菊五郎が最期に食べたかった意外なもの



尾上菊五郎歌舞伎俳優。現在は七代目が襲名している。
尾上の屋号は音羽屋といい、市川家と並んで二五〇年の歴史を持つ歌舞伎の名門だ。初代は尾上左門の弟子で若女方のとき、二世市川団十郎の「鳴神」に共演して評判を得た。
ここで話題に取り上げるのは六代目尾上菊五郎幅広い芸風で名をはせたが、新作にも力を注ぎ、昭和の作家の作品を歌舞伎取り入れたことでも名高い。一九三〇(昭和五)年に日本俳優学校を創立し校長を務めた人としても知られている。
死後、文化勲章も贈られた。戒名は「芸術院六代目尾上菊五郎居士」。
この戒名も自分で生前に選んだものというほどの人だから、死に瀕しても慌てたり取り乱したりすることはなかったという。
一九四九(昭和二四)年四月六日、血圧が二四〇まで上がり、眼底出血が起こり、七月に入ってからは尿毒症を併発して重体に陥った。
七月、知人が病院まで見舞いに来て、枕元で涙を見せると菊五郎は、薄く目を開けていった。
「まだ早いよ」。
七月九日、菊五郎は唐突に
「桃屋のらっきょうが食べたい」と言い出した。
それを聞いた東京劇場・斎藤支配人は銀座にでかけて、方々の店を捜しまわったが、結局は桃屋のらっきょうを見つけることができなかった。しかたなく、別のらっきょうを買ってきて菊五郎に食べさせようとした。
ところが菊五郎は一口それを食べて
「これは桃屋のじゃねえ」
といった。
翌日、菊五郎の容態は悪化し、臨終のときを迎えた。悲しみのために泣き出した夫人に菊五郎は最後の言葉としてこういった。
「お前は覚悟が悪い。いくら泣いたって吠えたって、俺の寿命は決まっている。ゆくところへゆくんだから、お前たちはワサワサしちゃいけないよ。静かにしなければダメだ。いいかい、いいね」
文化勲章受賞者の名に恥じない見事な往生だが、桃屋のらっきょうを最後に食べさせてあげられなかったことが、さぞかし遺族にとって心残りだったろう。

【出典】 東京書籍(著:東京雑学研究会)
雑学大全

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