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 天一坊事件【てんいちぼうじけん】



11 吉宗の御落胤を詐称した天一坊事件は史実?…うわさが生んだ悲しい事件
 ある日突然、天一坊と称する若者が、8代将軍・徳川吉宗の御落胤だと名乗り、たくさんの家臣を率いて江戸城下に現われ、幕府の役人に証拠の短刀を手渡して、父・吉宗に会わせてほしいと訴えた。その短刀を目にした吉宗は、確かにこれは、かつての愛人に与えた品だとし、天一坊を我が子だと認め、彼と対面しようとする。それを切腹覚悟で押し止めたのが、名奉行・大岡越前守忠相であった。
 大岡は、天一坊の言動を怪しいと睨み、主君・吉宗の怒りを買いながらも必死の捜査を続け、ついにその嘘を暴き、天一坊の捕縛に成功した。
 これが、世に言う「天一坊事件」である。
 もちろん、この話は史実ではなく、『大岡政談』など講談のなかだけの出来事だ。しかし、天一坊事件には、そのモデルとなった事件が存在する。それが、「源氏坊改行事件」である。
 1728年のこと。関東郡代である伊奈半左衛門のもとに、本多儀左衛門と称する浪人から、
「南品川の常楽院という山伏のところに寄宿している源氏坊改行という男は、徳川ゆかりの者だと聞くが本当であるか」
という問い合わせがあった。
 関東郡代とは、関東地方の天領(幕府の直轄地)を治める代官を監察したり、治水工事や水系の整備を担当するもので、伊奈氏が代々継いでいる職である。
 半左衛門は、事が事だけに、時間をかけてくわしく内偵を進め、詐称容疑が固まったところで、源氏坊改行を捕縛したのであった。
 逮捕された改行は、郡代の厳しい取り調べに負け、何もかも自白した。
 それによれば、そもそも改行の母親というのが紀州藩田辺の出身で、一時は紀州家(徳川御三家の一つで、将軍・吉宗の出身藩)に奉公していたこともあったのだと言う。その女は改行を妊娠したために暇を出され、その後、母子揃って江戸に上がり、寺の住職をしていた伯父・徳隠のもとに身を寄せていた。
 やがて母と伯父が相次いで没し、改行が寺院を継いだのだが、その寺が火事によって全焼してしまった。仕方なく、伝をたどって江戸の寺を転々としながら、現在に至ったのだと語った。
 生前、改行の母親は、改行に向かって、
「お前は、源氏の筋目正しい人の子である」
と常々話していたと言い、すでに火事で燃えて失くなってしまっていたが、その系統を示す由緒書も、かつては存在したと改行は証言する。
 そんな自分の出生にまつわる逸話を、改行が人に自慢げに漏らしたところ、まもなくして近隣にうわさが広まり、牢人や町人たちが自然と自分のまわりに集まり、世話をしてくれるようになったのだという。これに気を良くした改行は、さも自分が貴人であるかのように振る舞い、それがために人々は、この方は必ず将来大名になられるお人だと思い込んで、自分の将来のための投資と考え、喜んで金品を差し出していたのである。
 つまり、史実の天一坊(源氏坊改行)は、単なるせこい詐欺師だったのだ。また、彼自身は、一度も自分のことを将軍・吉宗の御落胤だなどと称していないし、この事件を裁いたのは町奉行・大岡越前守ではなく、関東郡代・伊奈半左衛門であった。
 翌年4月21日、源氏坊改行は、出自詐称の罪で、鈴ヶ森刑場に於いて、獄門にかけられた。まだ31歳であったという。
 これだけのことで処刑とは、ちょっと可哀想な気もする事件である。

【出典】 日本実業出版(著:河合敦)
日本史の雑学事典

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  • 【辞書・辞典名】日本史の雑学事典[link]
  • 【出版社】日本実業出版社
  • 【編集委員】河合敦
  • 【書籍版の価格】1,404
  • 【収録語数】136
  • 【発売日】2002年6月
  • 【ISBN】978-4534034137










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