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 津田塾大学【東京雑学研究会編】


§津田塾大学は六畳二間から始まった



東京都の小平市にある津田塾大学は、キリスト教精神による人格形成と、レベルの高い英語・英文学を特色とする女子大学で、多くの才媛を世に送り出している。
この大学を創立したのは、明治時代の教育家、津田梅子である。梅子は、わずか八歳で親元を離れ、岩倉具視らの遣外使節とともに渡米して、そのまま留学する。長じてのち帰国するが、幼くして日本を離れた梅子は日本語を忘れかけており、またアメリカ帰りということで周囲から奇異の目で見られるなど、苦労を重ねた。
それでも梅子は、華族学校の教鞭を取るなど、女子教育に力を尽くそうとする。だが、まだまだ日本では、女子の教育に対する意識は低く、上流階級の中でさえ「女に難しい学問は不要」と考える者も多かった。
梅子は、もどかしい思いをぬぐいきれず、もう一度アメリカに渡って教育に関する知識を深める。そして、自分の理想とする教育のために、学校を創立しようと決意する。
再度帰国した梅子は、あちこち回って支援者を募り、一九〇〇(明治三三)年、ようやく東京の麹町に、教育の場を設立する。それは、わずか六畳二間の小さな借家で、集まった生徒はたった一〇人だった。
だが、女子英学塾という名のこの小さな塾では、教師も生徒も、旺盛な向学心に燃えていた。四年後には専門学校に昇格し、一九三一(昭和六)年には、現在の地に移った。
この学校が大学となり、津田塾大学という名称になったのは、一九四八(昭和二三)年のことで、大学院が設置され、学部も増設されていった。
梅子は、通算一五年にわたる留学経験を生かし、国際的にも通用する人間を育てようとした。津田塾大学が、現代でも少人数教育を基本とし、いち早く海外帰国子女受入れ制度を整えたのは、梅子の理想を受け継いだものである。

【出典】 東京書籍(著:東京雑学研究会)
雑学大全

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“働きバチは1日6時間しか働かない”,“下手な医者をなぜ「ヤブ」と呼ぶのか?”,“『浦島太郎』のカメはオスかメスか?”……のような知的好奇心そそる雑学の集大成。なんと全1000項目!!
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  • 【辞書・辞典名】雑学大全[link]
  • 【出版社】東京書籍
  • 【編集委員】東京雑学研究会
  • 【書籍版の価格】2,160
  • 【収録語数】1,000
  • 【発売日】2004年8月
  • 【ISBN】978-4487799473










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