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 源頼朝と北条政子②【みなもとのよりともとほうじょうまさこ】



5 源頼朝と北条政子②…浮気を巡る史上最大の夫婦ゲンカ
 鎌倉の鶴岡八幡宮から長く海岸方面へ伸びる若宮大路の中央部に、段葛という小高い参道がある。これは、北条政子の安産を祈って、1182年に源頼朝が築いたものだ。
 その霊験あってか、政子は無事に頼家(のちの2代将軍)を生んだが、その直後、2人は空前絶後の夫婦ゲンカをする。政子が里帰りして出産に備えていたとき、頼朝が亀前という愛人と浮気に励んでいたのが、産後すぐに発覚したのである。頼朝35歳、政子26歳のことだった。
 当時は一夫多妻、まして頼朝は東国の支配者である。この程度のことはよくある話だったはずだ。だが、独占欲の強い政子は、どうしても夫の浮気に我慢ならなかった。父・時政の後妻である牧の方の実兄、つまり義理の叔父に当たる牧宗親に頼んで亀前の屋敷を徹底的に破壊させ、彼女を追放してしまったのだ。すさまじい嫉妬心である。
 だが、頼朝のほうも負けてはいなかった。すぐに亀前を呼び戻し、屋敷を壊した宗親の髻(束ねた髪)を切り落としたのである。
 すると今度は、政子がそれを時政に言いつけた。怒った時政は一族を引き連れ、鎌倉から伊豆へ引き上げてしまった。
 全国政権を樹立しようとしていた頼朝にとって、ここで北条氏に離反されるのは致命的である。ゆえに頼朝のほうが折れ、亀前を遠江国(静岡県)へ流して謝罪したと『吾妻鏡』は伝えている。
 しかし、頼朝の浮気癖は一向に治らなかったようだ。それから数年後、大進局という女性に男児を生ませている。

【出典】 日本実業出版(著:河合敦)
日本史の雑学事典

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  1. 日本史の雑学事典>第7章 愛と憎しみの巻>鎌倉時代    >    源頼朝と北条政子②

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  • 【辞書・辞典名】日本史の雑学事典[link]
  • 【出版社】日本実業出版社
  • 【編集委員】河合敦
  • 【書籍版の価格】1,404
  • 【収録語数】136
  • 【発売日】2002年6月
  • 【ISBN】978-4534034137










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