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 米食【こめしょく】



2 1日に10合食べた昔の日本人縄文時代から続く米食の習慣
 日本人はいったい、いつ頃から稲を栽培して米を食べるようになったのだろう?
 この答えは、年々早まっている。昔は弥生時代に水田稲作農耕が始まったとされてきたが、いまでは縄文晩期(約3千年前)に整然とした稲作が展開されていたことがわかっている。近年では、縄文前期(約6千年前)にも焼畑で稲が栽培されていた可能性が指摘されている。つまり、米を食べる習慣は、縄文時代から続いているわけだ。
 米は、中国大陸からいくつかのルートをたどって日本に入ってきたと推定される。日本を含む高温多湿なアジア諸国が米の主産地であり、いまでも全世界の90%の米がアジアで生産されている。
 米の特徴の一つは、保存が効くことである。籾のままなら、うまくすれば数十年保つというから、これは一種の財産である。そんな余剰財産の奪い合いから戦争が起こり、国家が勃興したとすれば、米が我が国に社会変革をもたらしたとも言える。
 ところで、昔の日本人は信じられないくらい多くの米を食べていたことをご存じだろうか。
 醍醐天皇の時代、905年から927年にかけてつくられた律令や格の細則を定めた法律の一種である『延喜式』には、平安貴族たちが1日に米5合を食べていたと記されている。現代人の一人前を約1合だとしても、ざっと5倍である。
 だが、さらに驚くのは戦国時代の兵士たちの食欲だ。『訓蒙士業抄』や『軍術要綱』によれば、1日に1升食べるとある。1升といえば10合である。米は消化が良く、体力補充に効果抜群とはいえ、現代人にはとてもマネできない量である。

【出典】 日本実業出版(著:河合敦)
日本史の雑学事典

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  • 【辞書・辞典名】日本史の雑学事典[link]
  • 【出版社】日本実業出版社
  • 【編集委員】河合敦
  • 【書籍版の価格】1,404
  • 【収録語数】136
  • 【発売日】2002年6月
  • 【ISBN】978-4534034137










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