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今日のこよみ ・2019年(平成31年/猪)
・12月(師走/December)
・19日
・木(Thursday)
・二十四節気
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┗「冬至」まで3日
・先負
・十支:庚(かのえ)
・十二支:寅(とら)
月名(旧歴日):下弦の月/下つ弓張(しもつゆみはり)
お台場【おだいば】
- フジテレビのあるお台場は、東京の新たな観光スポットとして人気だが、ここが「お台場」と呼ばれるようになったのは、ある歴史的な出来事と関係している。一八五三(嘉永六)年、ペリー率いるアメリカの艦隊がやってきた。慌てたのは幕府である。ペリーは、その圧倒的な軍事力を背景にして、鎖国政策を貫いていた日本に開国を迫ってきた。突然の来訪で、何の対策も立てられなかった幕府は、とりあえずペリーが携えてきた国書を受け取り、十分に検討するからとして、回答は翌年に伝えることにした。そうして、いったんペリーにお引き取り願ったのである。そして、ペリーがまた艦隊を引き連れてやってくる前に、こちらも防御策を打つことにした。それが、品川沖に一一の人工島をつくり、その島々に大砲を設置して、どこからでもペリーの艦隊を迎え撃つことができるようにするというものだった。ところが、実際には、六つめの人工島をつくっているうちにペリーがまたやってきてしまった。ペリーといえども、この大砲を抱えた人工島が浮かぶ品川沖には入れず、横浜まで引き返して上陸した。しかし、この品川沖の人工島の威力もそこまでで、結局、幕府はアメリカの圧力に屈して、日米和親条約を締結した。開国してしまっては品川沖に人工島を築く意味もなくなり、品川沖の台場計画は途中で終わってしまった。その後、品川沖に浮かぶ人工島は埋め立て工事により、第三と第六の跡だけになった。このうちの第三の跡が、現在、台場公園となっている。というわけで、もともと砲台の台場としてつくられたことから「台場」、しかも幕府の命で築かれたので、敬意を表して「御」をつけ、「お台場」と呼ばれるようになった、あるいは「砲台場」がなまって「お台場」になったという。どちらにしても、砲台場だったことが語源なのは間違いない。
地名の由来は、ペリーの黒船撃沈を狙って設置された「砲台場」
【出典】![]() |
東京書籍(著:東京雑学研究会) 「 雑学大全2 」 |
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雑学大全2

- 【辞書・辞典名】雑学大全2[link]
- 【出版社】東京書籍
- 【編集委員】東京雑学研究会
- 【書籍版の価格】2,160
- 【収録語数】1,000
- 【発売日】2004年8月
- 【ISBN】978-4487801305