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 千寿王【せんじゅおう】



5 鎌倉幕府を滅ぼしたのは新田義貞ではなかった…倒幕の主役、たった4歳の千寿王とは何者?
 1333年5月7日、京都の六波羅探題が足利高氏に落とされた。高氏は、鎌倉幕府の重臣として後醍醐天皇方討伐の命を受け、鎌倉から京へと向かったが、その後、突如として天皇方に寝返ったのである。
 同じ頃、幕府のお膝元の関東でも、反乱が発生する。反旗を翻したのは、上野国新田荘(群馬県新田郡新田町)の新田義貞である。
 5月8日未明、義貞は地元の生品明神に一族を集め、密かに受け取っていた後醍醐天皇からの綸旨(天皇の命を伝える文書)を三度拝したのち、鎌倉目指して出陣したという。
 翌5月9日、義貞は利根川を越えて武蔵国へ入り、ここで千寿王と合流する。この人物は高氏の嫡男で、のちの室町幕府2代将軍・義詮である。このとき、わずかに4歳。足利氏被官の紀五左衛門政綱に奉じられて、たった200騎を率いてやって来た。
 千寿王は、高氏の上洛にさいし、人質として母・登子とともに鎌倉の大蔵谷に残されたが、5月2日夜、にわかに鎌倉を脱して消息をくらました。この報に接した幕府は驚愕した。これによって、高氏の裏切りが判然としたからだ。
 一方、新田軍は千寿王を得たことで勢いに乗った。南北朝時代最大の軍記物である『太平記』には、千寿王の来援により、上野・下野・上総・常陸・武蔵などから武士たちが「期せざるに集まり、催さざるに馳着たり」とあり、同日夕方には、驚くことに20万7千騎にもなったという。
 別の歴史書である『梅松論』にも、その数20万余とある。
 ちょっと誇張が過ぎるようにも思えるが、当時の新田義貞は無位無官であり、彼だけでは、とてもこれだけの軍勢を集め得なかったのは確かである。
 実際世間では、
「高氏の末の一族なる新田小四郎義貞といふもの、今の高氏の子四に成りけるを大将軍にして、武蔵国より軍を起してけり」(『増鏡』)
「上野の国に源(新田)義貞といふ者あり。高氏が末の一族なり」(『神皇正統記』)
と考え、討幕軍の総大将は足利高氏で、その名代が千寿王、新田義貞はあくまで軍事上の最高司令官とみなしていたことがわかる。
 さて、雪だるま式に兵を増強させた討幕軍は、転げ落ちるようなスピードで関東平野を南下し、挙兵からわずか10日後の5月17日、鎌倉までやって来る。
 新田義貞は、稲村ヶ崎から鎌倉へ突入しようとするが、海岸には逆茂木(とげのある木の枝を束ねてつくった柵)が並べられ、海には幕府の兵船が横矢を射ようと準備万端整えており、容易に攻められなかった。
 5月21日夜半、月明かりのなか義貞は、黄金造の太刀を海中に投じて、海神に祈りを捧げた。すると驚くことに、にわかに2キロ以上も潮が引いて、幕府の兵船は沖に流されてしまったのである。かくして新田軍は、干潟を駆けて鎌倉に突入したと伝えられる。
『太平記』に書かれているこの稲村ヶ崎突破のエピソードについて、研究者の磯貝富士男氏は、バリア海退期にあった海水面の低下と、潮の満ち引きなどから十分可能であったと語っている。
 5月22日、北条高時は、一族とともに葛西ヶ谷の東勝寺(北条氏の菩提寺)で自殺した。ここに、鎌倉幕府は滅亡したのである。
『梅松論』によると、戦後、討幕方の武士たちは、義貞ではなく、千寿王のもとに参集した。そのため、鎌倉陥落直後から、足利氏が新田氏を討伐するのではといううわさが乱れ飛び、連日空騒ぎが続いた。
 やがて、関東討伐軍として尊氏(討幕の功が認められ、後醍醐天皇の名前・尊治から一字をもらって改名)が派遣した細川三兄弟(和氏・頼春・師氏)が鎌倉に入る。彼らは義貞に「勝負を決せん」と迫った。
 かなわないと思った義貞は、野心がないという起請文を足利方に差し出し、その後、一族を引き連れて上洛してしまった。
 この一連の動きは、やはり義貞には声望がほとんどなく、鎌倉討伐軍の大将は、実際は足利尊氏の代理である千寿王だとみなされていた、よい証拠だろう。
 私たちは、幕府を滅ぼしたのは新田義貞の実力だと思い込んでいるが、実は、足利氏の力なくして、討幕は実現できなかったのである。

【出典】 日本実業出版(著:河合敦)
日本史の雑学事典

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  • 【辞書・辞典名】日本史の雑学事典[link]
  • 【出版社】日本実業出版社
  • 【編集委員】河合敦
  • 【書籍版の価格】1,404
  • 【収録語数】136
  • 【発売日】2002年6月
  • 【ISBN】978-4534034137










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