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  • 今日のこよみ
    ・2019年(平成31年/)
    ・12月(師走/December)
    ・19日
    ・木(Thursday)
    ・二十四節気
    ┣「大雪」から12日
    ┗「冬至」まで3日
    先負
    ・十支:(かのえ)
    ・十二支:(とら)
    月齢:22
    月名(旧歴日):下弦の月/下つ弓張(しもつゆみはり)
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  ?平慎士

     陸上競技選手・短距離。富士通株式会社所属。1984年7月18日生まれ。北海道出身。2008年北京オリンピック男子4×100mリレー銅メダリスト。第三走者として激走。男子では史上初の日本の銅メダル獲得に大きく貢献。アテネ五輪代表。4×100mリレー(3走)では4位。2005、200・・・

  ?田神社

     東京都大田区にある文化財。大田区蒲田3-2-10。旧社格は郷社で864年官社に列し、従五位を賜ったとされる。近来は応神天皇を祀る八幡社で、隣接の栄林寺が別当寺だったが、明治初期の神仏分離によって独立し、近くの小祠をいくつか境内に合祠した。大田区指定文化財(史跡)。・・・

  ?庶民には高嶺の花の〝ハレのそば〟

     「さらしなのそばはよけれど高いなり、もりをながめて二度とこんこん」麻布永坂のそば屋「更科」のことを、江戸後期の狂歌師蜀山人こと大田南畝が詠んだとされている。「(値段が)高いなり」は「更科」背後の台地上にあった「三田稲荷」にかけている。さらに「森」と「もりそば」、「(狐の)コンコン・・・

  ?昭和初期の名店、滝野川「藪忠」のこと

     昭和八年(一九三三)に発行された「大東京の味覚」という小冊子のそばの項にこんな記述がある。「(前略)悲しいかな、現代において、この広い大東京に手打ちそばと称するものが、滝野川区の中里町にただ一軒存続しているばかりである。その名を「藪忠」という。(後略)」この「藪忠」、作家獅子文六・・・

  ?石臼碾き自家製粉の嚆矢、荻窪の「本むら庵」と柏の「竹やぶ」

     しかしそば屋がなくなったわけではない。そこに厳然とそばという食文化が生きている以上、喜ばしいことに職人魂がついえることはなかった。一九六〇年代に入るとポツリポツリと手打ちそば屋が出現し始めた。より良いそばを打ちたいと、日々手打ち作業にいそしむ職人は、自ずと原材料のそば粉に目が向く・・・

  ?独自性に満ちた下呂「仲佐」のそば

     もう一つ明記しておくべきことがある。このような石臼碾き自家製粉の潮流とは無関係に、何の逡巡もなく、そば料理人になったその日から、手碾きの石臼で自家製粉を続けるそば料理人がいた。高山の精進料理屋「角正」で十年以上そばを打っていた、現「仲佐」(下呂)店主仲林氏である。彼はそばを作る過・・・

  ?手作業の復興とともに到来した繁栄の時代

     石臼製粉機による製粉、手碾き製粉ということだけでなく、一言で自家製粉といっても様々である。そばの実(玄そば)の何を生かし、何を除去するのか。どれ位の粒子の粉に製粉するのか、粗いのか細かいのか、粉の粒子の大きさに幅を持たせるのか、均一にするのか。何がいいのか悪いのか。金科玉条的なも・・・


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